今回のテーマは「文化」!能登から世界へ
世界中で注目されている、能登町で生まれたボードゲームである「ごいた」。将棋の駒とよく似た竹製のコマを使い、2人1組で相手方と得点を競い合う頭脳ゲームです。和製ボードゲームの傑作。シンプルながら奥の深いこの能登町の伝承娯楽をきっかけに、「あなた自身を取り巻く文化や暮らし」そして「未来」について対話から考えました。
話題提供してくださったのは、能登ごいた保存会会長の洲崎一男さん、日本ごいた協会会長の上野峰喜さん、能登ごいた保存会理事長の佐野勝二さんです。
2021,11,30 のと未来会議
- オリエンテーション
- チェックイン:自分が子供の頃好きだった遊びについて
- ストーリーを聞く
- 小グループでの対話 感想の共有
- 周りから見えたヒントやアイデア
- クロージング
能登町発祥の「ごいた」って?
「ごいた」が考案されたのは明治時代。能登町宇出津の商家「布浦」の出である布浦清右エ門と、宇出津の棚木に住んでいた勝負師の三右衛門によって作られました。今では、海を越えて、世界中のボードゲーム愛好家たちに競技されています。
いざ、実演!
話題提供者のみなさんにお話いただく前に・・・「ごいた」ってどんな遊び?を、画面越しに実際に、その場で実演していただきました!残念ながら筆者はごいたと出会ってまだ数ヶ月、実演について詳しく実況できるほどではありません。参加くださった喫茶マーブル@東京・品川の篠塚さんが、実況中継をご共有くださったので、ご紹介します。ぜひ、のと未来会議のアーカイブサイトに掲載されている実況動画を見ながらお楽しみください。
喫茶マーブル@東京・品川の篠塚さんより、後日いただいた実況をご紹介!
1戦目
相方が「し」を5枚もっている状態で、ゲームを続行することを決めた上野さんが、打ちだしに「し」を打ちました。
これは、「自分もしを多くもっている」ということを伝えています。
しは10枚ありますが、洲崎さんが5枚持っていて、上野さんが「他人より多く持っている」ということは、3枚か、4枚持っている可能性が高いのです。
そのことが、相方の洲崎さんだけでなく、敵側の田代さん佐野さんにも伝わった瞬間です。
田代さんは受けるか悩んでからパスをしました。相方の洲崎さんは当然パス。佐野さんはノータイムでパスです。
上野さんが再び「し」で攻めます。田代さんはやはり悩んでから受けて、「香」を打ちました。
洲崎さんはなし。
ここで佐野さんが味方の「香」を受けたのが面白いのです。
「香」は特別な駒で、王では切る(受ける)ことができません。
なので、たとえば田代さんが「香」を3枚持っていて、佐野さんが1枚持っていれば、田代&佐野チームの勝ちが決定しています。
ですが、佐野さんは田代さんが苦しそうに攻めているのを見て、「香」を2枚しか持っていないのではないか、と判断し、味方の駒をあえて受けたように見えました。
佐野さんは「し」を1枚も持っていなかったので、次に敵側に「し」で攻められると負けが濃厚です。田代さんが香を2枚、佐野さんが香を1枚しか持っていない場合、上野さんが香を1枚持っていて、受けられることになり、再びしで攻められてしまう局面だったのです。
味方の駒をあえて受けた佐野さんは悩まず「角」で攻めました。角1枚での攻めはこの局面ではあまり効果的でないので、「佐野さんは角を2枚持っていそうだ」ということが伝わります。
その佐野さんの「角」を相方の田代さんが「王」で切って「飛」で攻めたのも、面白い展開でした。田代さんには相方の「香」をわざと受けたことで、佐野さんが「し」を持っていないことが伝わっていたように思います。味方の「し」は使い切ってしまったので、次に敵に受けられてしまったら負けなのです。
ここで田代さんが「王」を使って味方の駒を受けたのは、自分よりも佐野さんがあがるチャンスを作るためだったように見えます。佐野さんが「香」または「飛」と、「角」と「王」を持っている場合に、あがるチャンスが生まれるからです。「佐野さん、王は持っていますか?」と問いかける1打。佐野さんに王がなければ、勝ち目はありません。
無言でスピード感のあるうち回しの中、高度な駒での会話が行われていました。
2局目も、佐野さんのし攻めに対し、あがったのは洲崎さんでしたが、その前に上野さんが「自分はまだ『し』が残ってるよ」と教えた(しで攻めて見せた)ことで、洲崎さんの逆し攻めが見事に決まったのです。
いかがでしたか?
では、ここからは3人のストーリーをお聞きしていきましょう!
漁師に愛された伝統娯楽「ごいた」に迫る!
ごいたの駒は、竹でできています。駒は自分で作ったり、作ってもらったものをもらったりします。
約150年間、長い間、宇出津だけで楽しまれてきたのですが、大阪商業大学のアミューズメント研究科や東京の方などがやってきて、調査していかれたりするうちに、保存会を立ち上げることになりました。
地域の子供たちが「ごいた」を知らなかったこともあり、保存会は、子供たちに普及させたいという思いがありました。コミュニティが成立すると、SNSで発信したり、8年後には東京支部ができるくらいにまでなりました。
一方「日本ごいた協会」は、各支部のみなさんと一緒に結成しました。「ごいた」が普及するに連れて、駒の数がなかったり、カードができていろんなところで遊ばれるようになったり、我々の知らないところでごいたで遊んでいる人がいる状態になりました。そこで、ごいたのルールや、商品、グッズを管理する組織が必要じゃないかということになりました。
二人で力を合わせて人生を歩んでいく人生ゲームのようなもの
「ごいた」の魅力は、持ち駒は手元に8枚。相手はどういう駒を持っているか想像しながら駆け引きしていくことです。相方と力を合わせて、息を合わせないとできない遊びです。まるで、夫婦が二人で力を合わせて人生を歩んでいくような人生ゲームのようなものですね。
仲間同士で駒で会話するような感覚で、通じた時、気持ちが通じたなと感じて面白い。と力強く言っておられる姿が印象的でした。
全国の人と駒で会話する
東京、神奈川、大阪、長野、宮城、金沢、埼玉、全国8箇所に支部があります。みなさん、第二の故郷として能登町に楽しみにやってくるそうです。能登町の観光大使という位置付けになってもおかしくないとおっしゃられていました。全国のごいたファンの半数くらいが女性。能登町民が、町外から来た方々が大会に出ているのを見て、能登町に住んでいる女性が興味を持つきっかけになったそうです。今では、能登町にも女性部があるそうです。
さまざまな「ごいた」との出会いと、未来に向けての願い
“子供の頃、縁側で大人たちが4人集まってごいたをしているのをよく見ていました”
“実は24年前くらいに、能登町で町おこししようという企画がきっかけ”
“子供同士で遊ぶ中で自然と遊びを覚えていった”
3人3様の「ごいた」との出会いがありました。
“全国の人がごいたを通じて繋がりました。閉じこもったままなら起きなかった。宇出津の知恵だけではできないことをたくさんしてもらっている”
“地元の能登も、ごいたファンのみなさんを暖かく迎え入れる場所でいたい”
ごいたそのものが楽しくてやっている人もいれば、ごいたを通じていろんな人との繋がりができることを楽しんでいる人もいます。「ごいた」好きにとって、宇出津は聖地です。「全国から人が溢れるくらいにきてくれたら」「ごいただけでなく色々な交流できれば」という声が聞こえました。
みなさん、ぜひ、能登町宇出津に足を運んでください!
グラフィックレーディングでのと未来会議を応援!
現在練習中のグラフィックレコーダーからプロまで、さまざまなグラフィックレコーダーがのと未来会議では、話の見える化を通じて、のと未来会議を応援しています。また、学生ファシリテーター、テックサポートなど、さまざまな共創パートナーに支えられています。