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のとがはじまるコラム

ATION COLUMN

瀬崎真広

能登町であれば、自分と地域、双方の発展を実現できると思ったんです。

能登の地域活性化を支援するため、年に4〜5回は能登町を訪れているというNPO法人「ZESDA」(東京)の瀬崎真広さん。なぜ、能登町というフィールドを選び、ワーケーションを続けるのか。その理由を聞いてみました。

こどもと一緒に公園でピクニック

農家民宿での衝撃的な出会い

「ZESDA」とは、どういった組織ですか?

地域や中小企業の支援に熱意をもった、首都圏の多様な社会人が集うNPO法人です。それぞれ本業はあるけど、「なにかもの足りない、他のこともやってみたい」という人たちが多いですね。最終的には、地域が「グローカルビジネス」を実現して自立できるまでお手伝いする、という目標を掲げています。能登町以外にも全国のいくつかの地域で僕のような取りまとめ役が数人のメンバーと一緒に活動しています。

普段はどんな所にお勤めですか。

都内に都内にある政府系金融機関に勤めています。主に中小企業向けの融資支援を行い、僕は国際業務を専門としています。

本業と両立しながらワーケーションって、簡単にできるものなんですか?

能登町には土日メインで、たまに有給休暇を1日追加して、2~3日ほど滞在することが多いので、本業の支障になることはないですね。訪問頻度は2か月~3か月に1度程度で、最近はコロナで訪問頻度を落としていますが、オンラインを活用してリモートでお手伝いできることもたくさんあります。

どういった経緯で、能登町と関わるようになったんですか?

NPOのメンバーが「能登町にある農家民宿群に大量のイスラエル人が押し寄せている」という情報をキャッチして。なんだか面白そうだなと、興味本位で足を運んでみたんです。

春蘭の里のことですね。イスラエルの富裕層の間で「能登の田舎暮らし体験が楽しい!」という噂が広まって、毎年たくさんの観光客が訪れていたんですよね。

そうそう。それで僕たちも宿泊したんですけど、そこで出会った春蘭の里の代表の多田喜一郎さんの魅力に、自分のハートをグッと持ってかれてしまって。

と、いいますと?

とにかくパワフルなんですよ。僕の勤めるような大組織にはなかなかいないタイプですよね。周りの目を過剰に意識しないで、リスクを背負いながら先陣を切って歩いている姿を見て「こういう生き方もあるんだ、この人からなにかを学びたい」と思ったんです。まさにリーダーの鑑(かがみ)だと感じましたね。

春蘭の里は、多田さんをはじめとする有志の方たちが「地域の存続を図るため」に始めた、農家民宿の集まりです。そういった点も、能登町でワーケーションを行うことと関係していますか?

まさにそうですね。地域の方々から、「この集落が消滅することで能登の文化が失われる。その可能性が目の前まで来ている」という話を聞いて、もしかして自分がこれまで培ってきたスキルや知識を活かすことで、なにかしら地域に貢献できるんじゃないかと。本業では得られないような使命感・モチベーションが湧いてきたんです。

内装をアレンジした、春蘭の里の空き家

地方だからこそ達成できる自己実現の形

とはいえ、見知らぬ土地で行動を起こすのはかなり勇気がいることだと思います。地域の人との接し方に難しさを感じたりはしませんでしたか?

能登町で出会った方々は、抱えている課題をどんどん話してくれるので、こちらも解決策を提案しやすい空気があるというか。コミュニケーションの面で難しさを感じたことはありません。ほどよい距離感で接してくれるのも能登特有の人柄なのかと思います。

具体的にいうと、瀬崎さんはどんなお手伝いをしているんですか?

農家民宿の英語版ホームページを立ち上げて、外国人からの問い合わせに対応したり、春蘭の里の魅力が伝わるようなイベントを企画したり、能登町と東京の企業をつなげたり。距離は離れていますが、地域のリーダーたちとの共感をとおして、まるで自分自身が地域のリーダーの一員になっている、いわゆる「代理経験」のような形で、日々、貴重な体験をさせてもらっています。

代理経験ですか。それは面白いですね。

たとえば、僕個人がブルーベリー農園を立ち上げるのは無理な話ですが、能登町にある「ひらみゆき農園」さんのお手伝いをすることで、自分がバーチャルに経営しているような感覚になるというか。もちろんそれは僕という人間を尊重してくれる、能登ならではの、ヨソモノを受け入れてくれる風土があるからなんだと感じています。距離が離れているからこそ、地域と地域を繋げるような支援をできるというのも自分の存在意義を感じられるところですね。

都内での春蘭の里のプロモーションイベントの様子

そういった経験を本業で得るのはなかなか難しそうですね。

大組織内での自分はあくまで歯車のひとつ。大きな成果に関わったとしても自分が評価されている実感は湧きにくく感じます。能登町では僕という人間を個人として見て評価してくれる分、達成感を感じやすくて満足度も高い。組織ではなく個人としてのかかわり合いが能登町でワーケーションをする魅力だと感じています。

自己実現がしやすい場ということですね。

そうですね。大組織では仕事の内容が硬直化しがちで、役割も細分化されているので、思うように発想を実現することができずモヤモヤすることが多いんです。そうしたフラストレーションを解消する場としても、地方の自由なフィールドは格好の条件を満たしていると思います。

どんなときにやりがいを感じますか?

純粋に地域の人から感謝される、という点はもちろんですが、春蘭の里で雪まつりのイベントを開いたときに、地元の新聞社さんがわざわざ取材にいらしてくれたのは嬉しかったですね。本業の仕事で成果を出して、組織の名前が出ても、個人の名前が出て新聞に載ることなんてありませんから。「自分個人を見て評価してくれているんだ」って思うと、活動の意欲もまた変わってきますよね。

春蘭の里での活動が認められ、農林水産省より「ディスカバー農村漁村の宝」の表彰をいただきました。

ちなみに、瀬崎さんの学生時代はどんな子だったんですか?

勉強はできない、忘れ物もよくする、自分自身では落ちこぼれという感覚でした。

えっ、そうは見えないです。

そういう自覚もあって、大学時代は、僕と同じように勉強ができず困っている子を対象に家庭教師をしていた時期もありました。最初はできない子が徐々にステップアップして自信を身につけていく過程を見るのが楽しみだったんだと思います。

そうなんですね。

最近、能登町でお手伝いをしているときに「本当はこういうことがしたかったのかも」と、自分の若いころの気持ちを思い出すことがありました。一見地味な活動の中にも、自分自身を知るヒントが隠れているような気がするんですよね。こどものころに友達と夕暮れまで鬼ごっこして夢中になった時のように。二十代の頃は本業が忙しくて、その感覚を忘れてしまっていたけど、能登町でのワーケーションで地域の人との交流をとおして、自分がもともと何に興味を持っていたのか、どういう人間であったのか、ということを少しずつ思い出すことができているような気がします。

都内で自分自身の活動について紹介する様子

都心とのコラボもワーケーションの醍醐味

能登町でのワーケーションの新たな取り組みとして、コラボレーションにも力を入れているそうですね。

はい、ワーケーションの醍醐味は、「交流」だと思っています。普段出会わない人同士が、なにかテーマを介して、お互いに興味を持つきっかけを得る。それによって最終的には相互発展を実現することが理想形なのだろうな、と。僕の場合は、東京に住んでいる分、地方と都心とのコラボレーションを実現するのが使命のひとつだと思っています。その中で、地域にもお金が落ちるような、経済的な実益を提供し続けたいと考えています。

これまでどんなコラボレーションを行なってきましたか?

例えば、能登町に都内大手企業のリクルートさんをお招きして、役場や地域の方々と一緒に能登町の魅力を伝えたことで、能登町を舞台に学生向けにフィールドワークプログラムを提供することになりました。フィールドワークでは、複数の事業者さんを学生たちが支援するというテーマで、その対象のひとつの「ひらみゆき農園」さんでは、高級ブルーベリーを商品化するために、学生たちがブランド名から箱のデザイン、キャッチコピーまでいろいろなアイデアを出し合い、試作品が完成するところまで漕ぎつきました。学生たちと農園の方々の情熱が合わさった形ですごいですよね。

「ひらみゆき農園」の平さんらと、学生たち

旅のスタイルとしてではなく、地方創生を主体にしたワーケーションというのも面白いですね。

ワーケーションを通じて達成したい目標が2つありまして。ひとつは能登町の魅力を多くの人に伝えることで地域が活性化し、関わっている人たちに利益がもたらされること。もうひとつは、このワーケーションの形を世の中に伝えることです。

それはなぜですか?

能登町に関わっていく中で、自分自身の成長を実感できたからです。その変化の過程で芽生えた感動をもっと多くの人に味わってほしい。特に、大組織内では、僕と同様に仕事に満足しきっていない人が少なくないと思います。一方で、組織に属さずに自分の力で自由に生きる、ということに踏み込む勇気を持つのも容易ではないと思います。そういう意味で、大組織に属している人たちの1歩目受け入れる土壌のある能登町は理想的な場所だと思うんです。コロナが収束したら、首都圏から継続的に人を送り出すような、そんな仕組みを実現できたらな、と考えています。

瀬崎さんの中で、自分自身どう変わりましたか?

一言でいうと、世の中の景色を広く主観的に見られるようになった気がします。大組織の中では決められた目の前のことに、一心不乱に取り組むのが最も効率的で、他のことに意識が行くのは、ある意味ノイズ的な扱いになりがちだと思うんです。だけど、能登町という自由なフィールドでは、目の前のこと以外にも意識を向けて、課題を見つけたり、人の想いに共感したり、自分が主体となって物事を考えたり、想像力を働かせたりしなければ、何も前に進めることができない。活動をとおして、今まで組織の中で抑制されていた発想のリミッターが外れた感覚です。だから、これからも能登町でのワーケーションをとおして、自分やメンバーの変化の過程を楽しんでいきたいですね。

ブルーベリー農園でカメラを片手に

自分がこれまで培ってきた知識や経験を活かしながら、ワーケーションという形で地方創生に取り組んでいる瀬崎さん。そのモチベーションは、地域の人に求められている実感と自己実現の達成感によって保たれているのだと、理解することができました。